よく噛むことが成長期の高次脳機能の発達に重要である可能性

マウスモデルで咀嚼刺激の低下が記憶・学習機能を障害するメカニズムを解明―よく噛むことが成長期の高次脳機能の発達に重要である可能性―

参考:国立研究開発法人日本医療研究開発機構プレスリリース

ポイント

  • 成長期における咀嚼が高次脳機能(注1)の発達に重要である可能性をマウスモデルで示しました。
  • 咀嚼刺激(注2)の低下が神経活動やシナプス形成、神経栄養因子(注3)の発現に影響し、神経細胞の減少に関わることが分かりました。
  • 咀嚼と高次脳機能を結びつける分子メカニズムのさらなる解明によって、記憶・学習機能障害や認知症の新規治療法・予防法開発への応用が期待できます。

国立大学法人東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 分子情報伝達学分野の中島友紀教授と同大学院咬合機能矯正学分野の小野卓史教授、福島由香乃研究員らの研究グループは、神戸大学医学研究科システム生理学分野 和氣弘明教授との共同研究で、成長期における咀嚼(食物を細かくなるまでよく嚼(か)むこと)刺激の低下が記憶を司る海馬の神経細胞に変化をもたらし、記憶・学習機能障害を引き起こすことを突き止めました。

この研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「メカノバイオロジー機構の解明による革新的医療機器及び医療技術の創出」研究開発領域における研究開発課題「骨恒常性を司る骨細胞のメカノ・カスケードの解明」(研究開発代表者:中島友紀)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(さきがけ)、文部科学省・科学研究費補助金などの支援のもとで行われたもので、その研究成果は、国際科学誌「Journal of Dental Research」に、2017年6月16日午前9時(米国東部時間)にオンライン版で発表されます。

研究の背景

加工食品などの柔らかく栄養価の高い食品が普及することによって、現代人の咀嚼回数は劇的に減少しています。成長期に咀嚼回数が低下すると、顎の骨や噛むための筋肉(咀嚼筋)だけでなく脳の発達にも悪影響を及ぼすことが知られています。また、加齢に伴い歯を失うことによって咀嚼機能が低下すると、認知症のリスクが高まることも分かってきました。現在、高齢化は全世界で進行しており、咀嚼機能の低下とそれに伴う脳機能の低下が大きな問題となっています。しかし、咀嚼機能と高次脳機能の関係には不明な点が多く残されています。記憶・学習機能をはじめとした脳機能の障害を予防するために、咀嚼機能と脳機能がどのように関係しているか、それらの分子メカニズムを解明することが重要な課題となっています(図1)。

図1 咀嚼機能と高次脳機能の連関メカニズム

咀嚼回数が低下すると、顎の骨や噛むための筋肉 (咀嚼筋)だけでなく脳の発達にも悪影響があります。

研究成果の概要

本研究グループは、マウスに離乳期から成長期にかけて粉末飼料を与えることより、咀嚼刺激を低下させるモデルの解析を行いました。その結果、粉末飼料を与えたマウスでは、通常の固形飼料を与えたマウス(対照群)と比べ、顎顔面の骨や噛むための筋肉の成長が抑制され、記憶・学習機能も顕著に障害されることが見いだされました(図2)。そこで、記憶・学習を司る脳領域である海馬を解析したところ、それらのマウスでは神経活動やシナプス形成、脳由来神経栄養因子(Brain derived neurotrophic factor: BDNF)の発現が低下し、神経細胞が減少していることが明らかになりました(図3)。以上のことから、成長期に咀嚼刺激が低下すると、顎骨や咀嚼筋の成長と記憶・学習機能が障害される可能性が見いだされました。

図2 行動実験(受動回避試験)

固形食を食べている正常のマウスを明箱に入れると、不安を感じるため即座に暗箱に入ります。暗箱に入った際に電気ショックを与え恐怖を学習させると、それ以降マウスは暗箱に入るのを躊躇します。しかし、粉末食を食べて咀嚼刺激を低下させたマウスは、記憶力が低下して電気ショックの恐怖を忘れてしまい、通常より早く暗箱に入ってしまいます。

図3 海馬CA3領域における(a)神経活動(b)神経細胞数の変化

固形食で飼育したマウスと比較し、粉末食で飼育したマウスでは、神経活動の指標であるc-Fos陽性細胞(赤)と成熟神経細胞のマーカーであるNeuN陽性細胞(緑)が減少していることが分かります。

(スケールバー: 50μm)

研究成果の意義

成長期における咀嚼刺激の低下は、顎の骨および咀嚼筋の成長を抑制し、海馬をはじめとする脳神経系の発達を妨げることで記憶・学習機能を障害する可能性が示されました。

本研究の成果は、記憶・学習機能障害や認知症の予防において咀嚼機能の維持または強化が有効であることを示唆します。将来、ヒトを対象とした研究を含め咀嚼機能と脳機能を結びつける分子メカニズムがさらに詳細に解明されることによって、認知症や記憶・学習機能障害の新たな治療法や予防法の確立につながることが期待されます。

用語の説明

(注1)高次脳機能:

単純な感覚入力や運動出力を除く、知覚・記憶・学習・思考・判断などの認知過程と高位の感情を含めた精神機能の総称。

(注2)咀嚼刺激:

咀嚼に伴い歯や顎骨、筋肉などに加わる刺激の総称。

(注3)神経栄養因子:

神経細胞の生存・成長、シナプスの機能亢進など神経細胞の成長を調節する因子の総称。代表的なものに脳由来神経栄養因子(Brain-derived neurotropic factor: BDNF)がある。

論文情報

掲載誌:

国際科学誌 Journal of Dental Research

論文タイトル:

Reduced Mastication Impairs Memory Function

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