心臓マッサージ、恐れずに 心肺蘇生の手順が5年ぶり改訂
意識や呼吸のない人への対処法を示した「蘇生ガイドライン」(日本蘇生協議会作成)が10月、5年ぶりに改訂されました。心停止が疑われるときにはただちに胸骨圧迫(心臓マッサージ)を始めることが強調され、回数の目安も明記されました。
2013年10月、京都大学のグラウンド(京都市)。運動部でトレーナーを務めていた福田瑞穂さん(24)は、当時1年生の中島貴洋さん(20)がランニング中に突然倒れたことに気づきました。
意識がなく、顔は土気色で、呼吸もしていないようです。「AEDと救急車」と叫び、血液を循環させるための「胸骨圧迫」を始めました。数カ月前に救命処置の講習を受けたばかり。「肋骨(ろっこつ)が折れてもいい」と強く押すことを心がけました。
他のトレーナーがグラウンド脇に設置してあった自動体外式除細動器(AED)を持ってきました。AEDの自動音声の指示に従い電気ショックを実施。その合間にも別の部員と交代で胸骨圧迫を繰り返しました。
一連の措置は蘇生ガイドラインに記された手順=図=に沿っており、改訂作業にも携わった京都大学の石見拓教授(蘇生科学)によれば「理想的」だといいます。
中島さんは搬送先の病院で意識を取り戻しました。「あの時、先輩が心肺蘇生をしてくれたから後遺症もなく元気でいられる」と話します。
中島さんは何らかの原因で心臓が細かく震える「心室細動」を起こしたとみられます。成人の突然の心停止の多くは心室細動によって引き起こされます。一方、大人だけでなく、小・中・高校での心停止も年間100件以上あると言われます。
総務省消防庁によると、13年に一般市民に目撃され、心臓が原因で心肺停止状態になった2万5千人余りのうち、市民によって心肺蘇生が実施されたのは約1万3千人(51%)。そのうち、1割の約1400人が1カ月後に日常生活に戻れました。一方、実施されなかった約1万2500人で日常生活に戻れたのは約600人(5%)にとどまります。
心停止状態になっても、「死戦期呼吸」というしゃくり上げるような異常な呼吸が出ることがあります。そのため、改訂ガイドラインでは「心停止でなかった場合の危害を恐れずに、ただちに胸骨圧迫を開始」と明記されました。
心停止でない場合に胸骨圧迫して骨折した人は345人中6人(1・7%)で、内臓損傷はなかったなどとする研究結果も掲載。ガイドライン編集委員の坂本哲也・帝京大教授(救急医学)は「現状では、蘇生処置をする方が世の中のメリットが大きいことを重視した」と話します。
人工呼吸については訓練を受けていないと難しいうえ、胸骨圧迫の中断が長くなるため、「技術と意思がある人」に限定しました。ただ、子どもについては「人工呼吸を組み合わせた心肺蘇生が望ましい」としました。
何もせずに、AEDの使用が1分遅れると救命率が7~10%下がるともいわれ、その利用率向上が課題です。すでに50万台以上販売され、全国に設置されていますが、13年に使われたのは、心臓が原因の心肺停止が目撃された人の3・6%(907人)。その人たちの1カ月後の日常生活復帰率は4割を超えています。
一方、一般市民による心肺蘇生について、京大の石見さんは「実施する人は年々増えているが、まだまだ救える命はある。全ての人が実施できるようになるのが望ましい」と訴えます。
ただ、救えないケースはあります。うまく救命処置ができなければ、責任を問われるとの懸念からためらうこともありえます。日本蘇生協議会の岡田和夫名誉会長は「善意による処置の結果責任は問わないという理解が重要。救命処置は『善』という周知がもっと進んでほしい」と話します。(田内康介)
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